ジュエリー作家「ソン・ジウォン」インタビュー

2026.06.13

韓国の美意識と南国の透明感
静かな力をもたらす石のリング

2026年6月26()〜7月5()まで、MIN GALLERYでは、Formation(形成)」をテーマに、5人の作家と2人のコレクターによる企画展開催します。

本展では、石や金属をモチーフに作品を作り出す作家、土の表情や機微を丹念に撮影し続けるフォトグラファー、希少なファインミネラル(鉱物)や化石の蒐集家が、自然の産物から形成されゆくものの魅力とパワーを、それぞれの感性と手法で伝えます。

石に土、化石、そして金属。それらは作家の視点を通して眺めてみれば、思いもかけない美しさや激しさを見る人に訴えかけます。すべてが自然からのメッセージであり、さながら彼らは翻訳者といえるのかもしれません。

今回、唯一海外から参加する現代ジュエリー作家、ソン・ジウォンさんに話を聞くべく、ソウルにあるアトリエを訪ねました。

 

製作中の石と作家に手を触れられるのを待つ原石と、道具類と。雑然と並ぶ作業机にもソン・ジオンさんの純朴で飾らない美意識が宿っているよう。


ソウルの住宅街にある不思議なアトリエ

韓国を旅していると軽いデジャヴのような感覚に襲われる、そんな記憶はないでしょうか。どこか東京のオフィス街っぽいとか京都の寺院のようだとか、はたまた時代を遡り、学生時代のキャンパスを思い出したりするような。春たけなわだったこの日、現代ジュエリー作家ソン・ジウォンさんのアトリエに向かう道中で見た古い住宅地の風景は、どこか懐かしい日本映画を思わせるものでした。

ソンさんはソウル市内の大学や大学院で美術やデザインを学んだ32歳です。門をくぐって一軒家に入るとそこは、金属工芸のオブジェや制作中の作品がところ狭しと並ぶ空間。聞けば、著名な金属工芸作家、リュ・ヨンヒさんの自宅だそうで、ここの一室がソンさんのアトリエです。「通っていた学校がこの近所でした。学舎のそばに制作の場があればいいなと考えていた時に、ご縁があってこちらを間借りできることになったんです」とソンさんが教えてくれました。

金属作品に溢れる一軒家。でもソンさんの小さなアトリエはまた雰囲気が異なり、まさに「石の工房」と呼ぶしかない空間でした。作業台の上にも棚の上にも、様々な色・形の石がたくさん並んでいて、ソンさんに触れてもらうのをじっと待っているようです。実際、ソンさんはさまざまな作業を同時進行で少しずつ進めていて、誤解を恐れずに言えば、まるで少女がひとり遊びに夢中になっている、そんな印象を覚えたのでした。

 

「作る」のではなく、石を削り出すのが仕事

石を削り出して少しずつリングへと“成長”させていく、ソンさんの作品。一つ一つ表情は異なり、生命力あるふっくらした息吹を感じさせるものの、手にとると静かな重みと冷たさが心地よい。

 

「アトリエでは、ひたすら石を削ったり磨いたり、時には迷ったり。石は頑丈なようで繊細でもあり、一気に力を加えるとヒビが入ったり割れたりすることもあるので、ゆっくりと丁寧に付き合うことが大切です」(ソンさん)

そう話すソンさん自身も、ゆっくりと静かな語り口調。優しげな作品に少し雰囲気が似ています。ただ、そこに並んでいた淡い色彩のリングを手にとった時にドキッとしました。石の質感や重さが想像と違っていたのです。

圧倒的なインパクトを感じたのは、重さ。心地良いほのかな重さが石の存在感を伝えてくれます。そして、静かな冷たさと指先に感じるしっとりした肌触り。これらが合わさったものがソン・ジウォンのリングであり、指にはめるとあたりの光を受け止め、ぼうっと発光する不思議な生命体のようです。

「私が作る作品は、ほぼすべて石でできています。原石を手に入れるところから作品制作は始まります。例え最終的には小さなリングに落ち着くとしても、石自体が良いものでないといい作品にはなりません。なので、石の見極めがとても大事。妙な表現に聞こえるかもしれませんが、私は作品を“作っている”のではありません。石と語り合い、そこから少しずつ奥深くに潜んでいるメッセージのようなものを削り出して、目に見える形に仕上げている、そんなイメージで向き合っています」(ソンさん)

 

フィジーで触れた空気、水、光、海が私を変えた

韓国の著名な金属工芸作家、リュ・ヨンヒさんの邸宅にほぼ毎日通い、自身の作品を黙々と作るソンさん。リュさんの金属素材と作品、二人がお茶を飲む部屋とアート、書籍、そしてリュさんの愛犬が共存する静かな空間だ。

 

ぷっくりふくらんだ半球形、エメラルドカットのようにエッジのあるフォルム、シンプルな細目のリング、シグネットリングやシガーリングっぽいものも。ひとつの石から削り出されたソンさんのリングは、シンプルなのにどれだけ眺めても飽きることがない不思議な存在です。光を受けると揺らぎのある影を生み出したり、透かすと奥に微かなインクルージョンを見つけたり。「石は地球の産物」という原理を改めて教えられたような気になります。

ソンさんの独特な作風はどこから生まれたのでしょう? 話を聞いているとどうやらそれは、中学時代を過ごした南国での暮らしが影響しているようです。

「中学校に入る頃、両親から“海外で学んでみたくない?”と聞かれて。そしてフィジーの風景写真を見せられました。直感的にそれもいいかもしれないと思い、2年半ほどホームステイしたんです。通った学校にはオーストラリア人、インド人、韓国人、そして近隣の島国から来ているポリネシア系の方々も多くいて、使用言葉は英語でした。大変でしたがそれ以上に楽しくて。そして自然がとても美しかったことも印象に残っています。海と空と、風と緑と、何もかもが透明感に溢れキラキラしていました」(ソンさん)

 

のびのび過ごした10代が今の作品につながっている

水晶のリングは、シンプルでありながらまるで月のような存在感と優しさであたりを照らす。作業机に置かれたボトルには、製作過程で出る石の欠片も大切に集められていた。

 

フィジーでの暮らしを聞く中でもうひとつ、今のソンさんの作家活動に影響を与えたのではないかと思われるのが自由な校風です。

「今思えば、風変わりな学校でした。美術系の学校ではありませんでしたが、本やノートなどは自分たちで作るんです。服も手作りしていました。クラスのみんなと船に乗って近隣の島に遠足に行ったりして。あの時代の経験があり、私はものを作ったり知らない人とおしゃべりしたりするのが大好きになりました」(ソンさん)

韓国に帰国した後も一般的な学校に通うという考えはなく、美術教育に注力するオルタナティブスクールに進学したソンさん。そこでは信頼できる教師との出会いもあり、少しずつ独自の世界観を自分の力で築いていったといいます。

「教室を好きに演出して良いと先生に言われ、たくさんのカラーペーパーを用いてジャングルのようにデコレートしたことがありました。紙の猿をたくさん作って飾ったりして。先生の驚いた顔が忘れられません」と楽しそうに思い出を語るソンさんですが、すでにこの頃には「作家として生きる」という自我が芽生えていたようです。

その後は、「ものを作る」という心の声に逆らうことなく、アートの道に進んだソンさん。ですが、石を扱うようになったのはもっと後のこと。ソンさんの興味の対象は、金属工芸やファッションなどさまざまに揺れ動き、やがて石に辿り着きました。

「大学院ではジュエリーデザインを専攻しました。ここにストーンカービング(石彫)を教えてくれる環境があったんです。韓国国内でも数箇所しかなくて、私がいた学校が最も進んでいました。そこでカボションカットやブリリアンカットなど、石に関する基本的なことを学びました」(ソンさん)

 

卒業制作で生まれた、代表作の30リング

リングの製作時に生じる水晶の欠片。これを丸く磨き、一粒一粒を丁寧に繋いでネックレスに。モチーフになったのは大好きな歴史博物館の古代のアクセサリーだそう。サステナブル思想と歴史への造詣が合わさって完成したモダンジュエリー。

 

アートやデザインを学び、一度はファッション企業に就職した経験もあるといいます。1年ほど働いたある日、「お金を稼ぐのは楽しい反面、制作に没頭したい気持ちから逃れられず、まるで2人の人間が自分の中に宿っているような不均衡さを感じた」と言うソンさん。少女っぽさが残るその裏では、たとえ“人生の寄り道”をしても再びニュートラルポジションに戻って来れる冷静さを持ち合わせています。結局退職し、大学院に入り直してジュエリーデザインの勉強に一から取り組んだソンさん。歩みは遅く一直線ではないものの、着実に自身の道を手探りしつつ歩み続ける強さを感じます。

そんなソンさんが大学院在学中に発表した30タイプの石のリング。「30 RINGS」と名付けられたシリーズで、これはドイツのミュンヘン・クラフトフェアで開催される若手芸術家の登竜門「タレンテ」というコンテストで入賞しました。ソンさんの卒業制作でもあり、そして今なお深化と変化を繰り返しながら、生き物のように成長し続けている代表作品です。

 

人生も作品づくりも、果てしない自分探しの旅

ソンさんの作家活動にとって最も大切なのが、いかにして良い原石を手に入れるか。愛おしそうに見せてくれたのは、こぶし大ほどもあるシトリンの原石。奥深いイエローの光沢から何が生まれるのか、まだ答えは見えない。

 

もうひとつ、ソンさんの心を惹きつけてやまないものがあります。それは古来の名もなき作り手たちが残した装飾品や、それらを著書に記した研究者たちの言葉。取材中にも何度も文献名や博物館を訪ねた話が登場し、いかにソンさんがジュエリーという存在を長い時間軸で捉えているかが伝わってきました。

そんな研究心もまた、作品に表れています。単なる思いつきではなく、随所に過去へのリスペクトやあくなき好奇心が感じられる意匠の数々。石という自然素材を通して、創造心が作家の手を経て醸成されたような印象を与えてくれます。

「石に対して抱いている感情はおそらく、愛しさとか大切にしたいという思いとか。単なる素材ではないんです」とソンさん。今回の企画展に出品するのは、「30 RINGS」シリーズはもちろんのこと、最近取り組んでいるシグネットリングやシガーリングなども。小さく文字を刻んだデザインは、ソンさんにとって新境地的な作品です。ソンさんの軌跡を映す優しくやわらかな石たち。ぜひ実物を手にとってご覧ください。

 

水晶以外に瑪瑙(めのう)やラピスラズリなども登場。刻まれた小さな文字に、ソンさんの新たな挑戦が感じられる。

 

 



Formation
— Process and Form —


ソン ジウォン/JIWON SONG 
1993年ソウル生まれ 円光大学校美術学部卒業、国民大学校大学院デザイン学部修了。大学院在学中より「伊丹国際クラフト展」(2019)、「TALENTE」(2020)、「清州国際工芸コンペティション」(2021)などに選出される。卒業制作に端を発する「30 Rings」シリーズは、その後さまざまなニュアンスをまとい続け、代表作の一つに。自然と境界を曖昧にする石のジュエリーを生み出し続けている。



text by mayuko yamaguchi
photo by yumiko miyahama

 


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