静けさの奥に見える熱い感情を
一枚の写真に大切に収めたい
2025年6月20日~29日、「MIN GALLERY」ではジュエリー作家・齋藤佳世と写真家・宮濱祐美子による二人展を開催いたします。
2022年春にも一度、同ギャラリーにて二人展「atmosphere」を開いた二人ですが、あれから3年という時間が流れて世は移り変わり、二人の心のうちにも様々な思いが行き来してゆきました。今回、ジュエリーと写真、表現方法は異なるものの二人は新たなテーマに取り組み、作品を発表いたします。
二人展の開催にあたり、それぞれの作家が抱く思いとはどのようなものなのでしょうか。初回は宮濱祐美子さんに今の心境を聞きました。長年、工芸や料理、旅の写真を撮り続ける宮濱さん。押しも押されもせぬ売れっ子フォトグラファーであり、その名前は日々、アート系やライフスタイル系の雑誌、書籍で見かけます。しかしその一方で彼女がずっと対峙し続ける作品としての写真があり、そこには宮濱さん自身が一人の表現者、一人の日本人として模索を続ける「自らの根源、土壌はどこにあるのだろうか?」というテーマがありました。
プロフィールを持たずに走り続ける写真家、宮濱祐美子
料理本やライフスタイル書籍が好きな人であれば、「宮濱祐美子」の名前を見かけない日はないのではないでしょうか。そう思わせるほど、この人の活躍ぶりには目を見張るものがあります。おっとりとした物腰と、静かで朗らかな笑顔と。“売れっ子”という少々おてんばな言葉を用いるのに躊躇しつつ、それでも宮濱祐美子さんといえばまさにそういう存在だと思っていました。
けれど、実はこれまでの21年にわたる写真家人生においてもう一つ、大切に温め続けてきた「作家・宮濱祐美子」としての一面があります。
インターネットで経歴を検索しても出てくる情報は大変少なく、ご自身の言葉を借りれば「プロフィールのない無題の人」として忙しく活動してきた宮濱さん。目の前にある仕事をこなしながらも、自身の中にある作家としての創造性や表現欲を、遠くに見える小さな的に向かって光を当てるようにして、地道に結実させてきました。
2016年に開催した初の個展「土の記憶」より。
「写真の仕事を本業にしてから12年後の2016年、ご縁と撮り溜めた写真、そして私にしては相当の決意を総動員して、最初の個展『土の記憶』を開催しました。この時の作品は、花と器による構成でした。生けて撮るのではなく、花と器を別々に写したものを現像の段階で重ね合わせる、そんな手法で作品にしたんです。花は土に根差し、器は様々な地方の土を用いて形成され、焼かれて完成する。共に土が織りなす芸術品です。花も器も旅先の風景も、ずっと変わらずに私の重要なモチーフですが、結局私は“土の存在”から離れることができないんだなと今回改めて感じています」(宮濱さん)
仙台に生まれ育ち、東京でカルチャーショック
宮城県、仙台市に生まれ育った宮濱さん。実家は、本人の言葉を借りると「典型的な昭和ファミリー」だったそうで、輸入食品を取り扱う商社の洋酒部門に勤めていた父と料理が大好きな専業主婦の母、カメラ好きな兄に囲まれて宮濱さんは育ちました。
「カメラ好きな兄はその後一眼レフのカメラを手に入れたんですが、のちに私に譲ってくれて。今思えば、その頃すでにカメラに触れていたんですね、私」(宮濱さん)
海外を相手に仕事をする父が宮濱さんに買い与えてくれたのは、外国テイスト満載のファッション雑誌。そんな影響もあって、宮濱さんが最初に憧れ、そして就職したのはファッションと雑貨を扱うライフスタイル系の企業でした。
「仙台で就職したのですが、すぐにその会社の東京オフィスへの異動を願い出て上京することになりました。初めての一人暮らし、初めての東京暮らし。90年代の東京はまだまだ雑誌文化やナイトカルチャーの勢いがあって、勤め先もプライベートの場も周りはおしゃれな方々だらけで。目くるめく暮らしの中で、たくさんの好奇心を満たすのに忙しい毎日でした」(宮濱さん)
最初の会社を辞めた後、青山にある一軒のカフェを任されるようになってからも、時代の息吹を目の当たりにする暮らしは変わりませんでした。編集者やアートディレクターといった人々が出入りする店を切り盛りするうちに、いつしか自分もモノやコトを作り出す立場で仕事をしたいと考えるようになった宮濱さん。写真学校に通い始め、20代半ばにしてようやく、今につながる道への初めの第一歩。のちに砧にあったハウススタジオ「pen studio」にアシスタントとして従事しました。
仙台時代から上京してからもずっと使い続けた大切な2台の“友達”は、今も静かにその後の宮濱さんの暮らしを見守っている。
何を撮るために自分がいるのかを意識した瞬間
スタジオ勤務時代と、その後独立してからの宮濱さんがどんなものを撮っていたのかを聞くと、恥ずかしそうにしながら「無我夢中でなんでも撮りました。それが仕事だったし、シャッターを切るのが楽しくて仕方がなかった」という答え。
「当時は雑誌やメディアの勢いが最高潮だったというか、熱かった。スターカメラマンとして活躍する方もたくさんいました。私が勤めたのは、自然光を生かした撮影も多いハウススタジオで、尊敬するフォトグラファーやスタイリストたちが毎日出入りしていて、同僚たちにも恵まれました。独立してからも、たくさん仕事を紹介してくれる友人知人たちがいて、ありがたいと感謝しつつも、いつまでも写真を撮るのが楽しいというだけではいられないと思うようになったんです」(宮濱さん)
次第に宮濱さんの脳裏を占めるようになった“問い”がありました。写真が好きになればなるほど、「自分はなんのために写真を撮るのか。何を撮るべきなのか。写真とはどんな役割を持つものなのか」を考えるようになっていったのだとか。
聞いた瞬間、理解できる気がしました。というのも、今やスマートフォンを使って誰でもいつでも何でも記録したり表現したりが可能な世の中です。プロの写真家としての存在意義ももちろんですが、作品である写真に求められるものって何なのだろうかと、世界中のフォトグラファーや写真愛好家が考えているのではないかと思ったからです。
流れゆく時間も推して包み込む、静かで強い写真の力
宮濱さん曰く、写真には他の美術芸術とは異なる特性があるといいます。例えば、器であれば土をこねて形にして釉薬を施したり焼いたりして仕上げていく。時間を重ねていった先に完成があるわけですが、写真はそういった積み重ねの時間を瞬間的に記録するという、シンプルかつ記録メディアとしての役割も多分に持つある種独特なジャンルです。
それでも宮濱さんは、「時間という概念を掛け合わせると、これほど興味の尽きないものはないと思うんです」といいます。
「現代の写真家、海外のフォトグラファーの作品を見るのも大好きですが、昭和初期に活躍された日本の写真家たちの作品もまた心から離れません。入江泰吉、木村伊兵衛、植田正治といった方々……。彼らがシャッターを切った瞬間、そこにあった景色は当時の日本の日常でした。けれど、奈良の路地裏を他愛なく歩く子供達の表情や神社仏閣の荘厳な風景は、今、圧倒的な存在感と感動を見る人に与えてくれます。彼らの目を通し、センスと意図を持って切り取られたからこそ、それらは“作品”として今もなお生き続けている。それが、写真の良さなんです」(宮濱さん)
2016年の初個展「土の記憶」で出品した作品は、9年経った今眺めてみると新たな感慨が溢れ出るよう。その後、世界を巻き込んだ疫病禍や戦争も見据えて温かく励ますかのような優しさがあり、「どんなことが起ころうと、花も人も生を繰り返す」と伝えてくれているかのよう。刹那の瞬間を切り取ることが写真の使命かと思っていましたが、宮濱さんの写真には、根源的な何かを教えてくれるような静けさが満ちています。
2022年開催の二人展「atmosphere」に出品した作品より。水仙の奥にある表情を捉えた1枚。
花の気配を写した前回に続き、花の根源を土に探す
2022年の二人展「atmosphere」に続き、今回2回目となる齋藤佳世さんについての印象を問うと、「齋藤さんの作品には、繊細ながらも力強い生命力を感じます。そしてそれらは妖艶華麗というよりは、可憐でひそやかで。凛としながらもどこか秘めた雰囲気に、何かしら同じ方向性を眺めていらっしゃるのかなという親近感を覚えているんです」といいます。 では、宮濱さんご本人の作品は?
「前回の二人展の時も、私の作品は花をメインにしました。生花の世界で、敢えて向こう側を向くように花を生けるという技法があるんです。相手側に花の美しさを愛でていただこうというような、そんな心配りによるのではないかと思うのですが、前回撮影した花々はそれにちなんで、花を背景から撮影することに努めました。うなだれる花の後ろ姿や萼(がく)の表情に興味を覚えたんです。その後も、花の生命について考える日々は続いており、今はその花を生み出す土の存在を撮ってみたいと思っています」(宮濱さん)
土を撮ろうと決めた宮濱さんはその後、東北の山に入ったり、日本の国土誕生の地といわれる淡路島の海岸沿いで地層に向き合ったり。文字通り、土や砂にまみれながら自分という人間の土壌はどこにあるのかを探り続けているようです。
土という、生命を包み込む大きな存在が今回の二人展に取り組む上での大きなテーマとなったという。
普遍的に美しい存在を自然の中から探し、撮る
宮濱さんは話の中で「10年後も20年後も変わらず愛し続けられるものこそ、撮って1枚に収めておきたいんです」といいます。それを聞いて感じるのは、きっと宮濱さんが撮るものは10年前も100年前も美しかったんだろうなという確信。「自然の中をさまよっているとある瞬間に私の中の“土センサー”が作動して、撮るものを教えてくれるんです」と冗談めかしておっしゃる宮濱さんですが、彼女の心の中にあるセンサーは普遍の価値をとらまえる、そんな不思議な力を持っているのだと思います。
今回の二人展に出展する作品は、プリントする紙や額装、サイズ感に至るまで、世界観を高めるべく細心の工夫を施してあるとのこと。見る人をたちまちにして写真の中の世界に引き入れ、古い友人のように語りかけてくれる、そんな宮濱写真をぜひ会場でご覧ください。
写真家
宮濱祐美子/YUMIKO MIYAHAMA
1976年宮城県出身 幼少時からファッションやスタイリングの仕事に興味を持ち、就職後に社内異動により上京。ライフスタイルショップやカフェ勤務を経て、中目黒のハウススタジオ「pen studio」に就職。この頃、写真を仕事にしようと決意し、20代後半で独立。料理や旅、工芸の撮影を中心に活動を続ける。2014年に初の個展「土の記憶」を開催。2022年、MIN GALLERYにて齋藤佳世さんとの二人展「atmosphere」を開催。
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Text by Mayuko Yamaguchi
Photo by Yumiko Miyahama
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