石が紡いだ長い時間を今に繋ぐ
新しくも懐かしい美の形
「MIN GALLERY」では2025年3月19日〜30日、貴石彫刻家・詫間康二とガラス作家・辻野剛による二人展を開催します。
ガラスによる新たな試みを続ける辻野さんが出品するのは、彼のこれまでを代表するいくつかのシリーズ。そして、石(水晶)を削り出す手法でこれまでになかった表現に挑む詫間さんは、透明な中に存在する自然の造形美にスポットライトをあてるように造形を行います。水晶とガラスの共通点といえば、その透明感やきらめきを想起しますが、二人の作品は長い時間の重なりを感じさせるところも少し似ています。
水晶とガラス、二人の作家による作品展。辻野さんにとっては初の二人展であり、詫間さんにとっては展覧会自体がほぼ初めての試みといいます。異なる二つの個性がぶつかり合うことで生まれる新たなインスピレーションに、どうぞご期待ください。
二人展を前にそれぞれの作家に思いを聞きました。前編の辻野さんに続き、後編は詫間康二さんです。この日訪ねたのは、甲府にある「詫間宝石彫刻」。代々ここで水晶や瑪瑙と対峙し続ける詫間さんに会いに行きました。
2025年春のリニューアルを前にして、「詫間宝石彫刻」のアトリエは工事の最中。古い工具が並び工事の騒音に耳を塞がれるような状況下でも、詫間康二さんたち研磨職人たちが石に向かい合う表情は真剣そのもの。
幼い頃から、水晶や瑪瑙の原石に囲まれて
甲府を訪ねたのは1月末のことでした。3月の二人展を前にして、いよいよ作品制作も佳境に差し掛かった頃。年末には二人展の相手方である辻野剛さんに会うために和歌山・南紀白浜のアトリエを訪問し、今回の二人展にかける詫間さんの思いはますます強く、濃くなったといいます。
詫間さんにとって、今回の二人展は自身初の試みです。宝石職人としてのキャリアが長いだけでなく、「詫間宝石彫刻」という職人一家に生まれたこともあって、幼い頃から身の回りには水晶や瑪瑙の原石があふれる環境だったそう。そんな境遇にも関わらず、国内での展覧会が今回初めてということに少々驚きを感じます。
「ずっと石に囲まれて生きてきました。ですが、石や仕事に対する思いは、少しずつ変化してきたかもしれません。宝石業が盛んな甲府の町で、うちも研磨を主業とする製造業『詫間宝石彫刻』を営んでいます。叔父に師事した後に独立した父が60年前に創業した会社で、僕は二代目。父の代までは主に置物などが制作のメインだったんです。時代的にそういう需要が多かったので。大人になり、僕も石の道に進みたいと打ち明けたところ、『今後はきっと需要が減るので、お前は金属加工を目指せ』と言われ、実際にそちらで修業しました。結局25歳を過ぎる頃にどうしても石の仕事に就きたくて父親に直談判し、ようやく家業に入ったんです」(詫間さん)
石から聞こえる声に素直に耳を傾けてみたら
「詫間宝石彫刻」は、アトリエとは別にギャラリーを設けている。ここは詫間さんらが未来を見据えて作った場所。海外の博物館を思わせる雰囲気の中、古い文献や石の標本が並んでいた。
念願の石の仕事に就いたものの、詫間さんの模索はその後も、長く続きました。それは詫間さんの事情というよりはむしろ、時代の都合だったのかもしれません。水晶は非常に身近な宝石ですが、水晶を使って出来ることに関しては、人々の中に無意識の「枠」があるのではないかと感じます。
詫間さん自身、置物やジュエリーのパーツとして納品する“商品”としての石を手がけてきました。時に、自分の思いをもっと表現してみたいという衝動もありましたが、そこは家業。黙々と続けてきました。その間も石は、多彩にメッセージを放つ存在だったといいます。
「水晶というのは世界中で採掘されていてそれほど珍しい存在ではありません。それでも採れる場所や時代によって特徴はかなり違います。ジュエリーとして大切にされる方が多い一方で、原石をただ愛でるという愛好家も多く、実は僕もそんな一人。原材料を仕入れるために海外によく出向くのですが、眺めているうちにだんだん石が持つ本来のパワーに圧倒されてしまうというか……。欲しくてたまらなくなってくるんですよ」(詫間さん)
地球がゆっくり成長した証が原石の中に詰まっている
ギャラリーの中に無造作に置かれていたいくつもの木箱には、美しい色や光を放つ原石がぎっしりと詰まって。ひとつひとつに出合った時の思い出があるそうで、愛おしそうに話してくれる詫間さん。
水晶というのは不思議な石で、約1500万年という気の遠くなるような時間をかけて成長した結果があの個体であるといいます。成長の速度は100年で1ミリ程度。成長の過程、あるいはその間に起きる地殻変動によって、石の内部には様々な内包物(インクルージョン)が生じます。
目を凝らして原石を眺めると中には、成長によって生まれる年輪のような淡い襞(ひだ)、中に入り込んだ気体や液体、他の鉱物など、実に表情豊か。「玉に瑕(きず)」という諺があるように、元来、水晶はこういったインクルージョンを含まないクリアな状態のものが価値が高いとされていましたが、詫間さんの目にはこういった瑕でさえ瑕ではなく、石の個性、抗えない魅力と映るようになったようです。
石への思いが募り、詫間さんはこういった石のキャラクターを素直に表現してみようと思い立ち、それが彼の代表シリーズである「ガーデン」にもつながりました。
「この作品は、置物でもジュエリーでもありません。用いる原石は軽く拳2個分以上くらいの大きさがあり、それを切り出すところから作業が始まります。ただ、僕からすれば原石を眺めている時からそのインクルージョンを定め、仕上がりを想像している。要するに、どこを残してどこを削るかを考える時間こそがガーデン制作の最大の難関で、作業時間だけでは割り切れない長い時間を要します。瑕の部分から切り出していき、途中何度も水で洗い流しては眺めて……という作業を繰り返し、作品を仕上げていく。石なので、途中で割れることもたまにあるのですが、そうなるともう、どうやっても元には戻らない。絶望的な気分になります」(詫間さん)
原石以上にメッセージが伝わる、そんな作品が勢揃い
垂直に伸びるフォルムが特徴的な、今回の新作。これまでの下部がすぼまった形(左奥)と比べると、微かなフォルムの違いなのにずいぶん印象が異なる。
酒盃の形をした不思議な作品、ガーデン。多角錐形のフォルムをとりつつ、内包するさまざまな自然の美が、水晶に閉じ込められた時間を物語っているかのようで、原石よりも多くのメッセージを投げかけているように思えます。当然のことですが、同じ意匠のものは一つも存在しません。クリアなものもたまにありますが、よく見ると燻したようなアンバー、ラベンダーなどのカラーをほんのり纏っていたりと、見れば見るほど不思議な気持ちにさせる何かが宿っています。
下部を少しほっそりさせるシルエットがこれまでメインでしたが、今回、新たに真っ直ぐに立つ12角形の新作もお披露目されます。ほんのわずかな差ながら、存在感にはずいぶんと違いが生まれました。このほかにも、アンティークの薬瓶を思わせる水晶などもお目見え。一堂に並ぶ様はきっと圧巻の一言でしょう。
地球からのギフト、石。失敗はできないと固く心に銘じて
原石に光を当て、どこを削りどこを残すかを熟考する。「考えている時間がいちばん長い」と詫間さんは言うが、削り出す時間も相当手間のかかる作業。
今回の二人展の相手である辻野剛さんの制作現場を目の当たりにし、詫間さんには新たな気づきもたくさんあったといいます。
「透明感であるとか、キラキラした光とか、ガラスと水晶だから共通点もたくさんあるなとは思っていたんです。辻野さんのことも存じ上げていて、個人的にも美しい作品を尊敬していました。ただ、今回アトリエを見せていただき、あっと思ったことがありました。そもそも、パーツを組み立てていくガラスと異なり、僕が手がける石の仕事は削っていくことのみで完成させるもの。これは大きな違いだなと感じました。ガラスの作品は、工夫次第では大作に仕上げることもできます。対して水晶はといえば、許される技法は"削って研磨する"、それのみ。小さくなるばかりです」(詫間さん)
と対照的。地球からの贈り物をいかに無駄にせずに作品に仕上げるかが腕の見せどころですが、自由な創造性が許されているガラスという素材にある種の憧れもあったといいます。
時間軸に対しての限りない憧憬が二人展の隠れたテーマ
フォルムは似ているものの、石によってこれほど表情が変わるものかと驚く詫間さんの作品。手に取ると心地良い石の重さと石肌のなめらかさ、静かな冷たさが伝わってくる。
けれど、同時にもうひとつ「うれしい発見もありました」と詫間さんはいいます。
「辻野さんは辻野さんで、ガラスという素材に普遍的な時間軸をどうやって与えるか、というような試みをされていました。悠久の時間がインクルージョンに宿って見える石と異なり、ガラスにはそれがないのだと。
お互いに自分の素材に存在しないものを意識しつつ、共に作品の中に時間をどう表現しようか考えていることがわかり、感動しました。時間の重なりに対しての憧れがあって、僕はそれを水晶の中にきらめくインクルージョンが体現してくれると考えた。辻野さんは、ローマンガラスの銀化した表面が魅せる表情にその可能性を見出し、自らの作品に落とし込むことができないか挑戦していると知り、あぁ、同じところを見つめているんだな、と」(詫間さん)
辻野さんも詫間さんも、自らの作品を通じて自身を表現していますが、そこに自身を誇示するニュアンスがありません。感じられるのは素材への愛情や、人間にとってはどうしようもできない時間という大きな存在に対する畏敬の念。作品自体は、手のひらに収まるようなサイズ感のものも多いのですが、表している世界の大きさは計り知れません。
二人の作品がひとつの場所に並ぶことで、どんな新しさが誕生するのでしょうか。今回の二人展、どうぞ楽しみに足をお運びください。
切り出した水晶の内側に彫りを入れていく作業。水と細かい砂を当てながら研磨機を回し、少しずつ慎重に削りを加える。この作業だけで数日間かかるという。
貴石彫刻家
詫間康二/KOJI TAKUMA
山梨県甲府生まれ。古くから受け継がれる伝統技術と現代的な感覚を融合させ、石の個性を最大限に引き出す作品を創作。繊細で洗練された造形美が特徴であり、伝統工芸の枠を超えた表現に挑戦し続けている。
Text by Mayuko Yamaguchi
Photo by Yumiko Miyahama